流体を止める。その当たり前を、マイナス253℃で実現するために―キッツ 開発設計副部長 中山知樹氏、青木翔宇氏と語る、液化水素用バルブ開発を支えた技術と信頼 ともつくニュース

流体を止める。その当たり前を、マイナス253℃で実現するために―キッツ 開発設計副部長 中山知樹氏、青木翔宇氏と語る、液化水素用バルブ開発を支えた技術と信頼

脱炭素社会の実現に向けて、水素エネルギーへの期待が高まっています。なかでも液化水素は、大量輸送や貯蔵を可能にする有力な選択肢として注目される一方、その温度はマイナス253℃。樹脂はもちろん、金属さえも収縮する極低温の環境で、流体を確実に止め、外部に漏らさない―。こうした厳しい条件下で、バルブに求められる「当たり前」を実現するため、株式会社キッツ(以下、キッツ)とスターライト工業は試行錯誤を重ねてきました。今回は、キッツ中山副部長と青木氏に、液化水素用バルブ開発の舞台裏と、その挑戦の中で育まれた共創について伺いました。

中山 知樹(左)

インダストリアルビジネスユニット 事業戦略統括部 開発設計副部長。生産技術を経て設計部門へ異動し、以来一貫して技術開発・設計に携わる。中国・ブラジルでの海外駐在を経験し、現在は液化水素用バルブをはじめとする開発業務を統括している。

青木 翔宇(右)

インダストリアルビジネスユニット 事業戦略統括部 開発設計部 開発設計第二グループ所属。製造部門で鋳造や品質管理などを経験後、社内公募制度を通じて開発設計部門へ。現在は液化水素用ボールバルブの開発を担当している。

流体を止める。その技術を、極低温の世界へ

スターライト(ス):キッツは、バルブを中心とした流体制御機器を手掛け、さまざまな産業の「流れ」を支えてこられました。近年では、水素の「つくる」「運ぶ」「ためる」「使う」といった幅広い領域でのソリューション展開をすすめています。水素バリューチェーンに取り組まれている背景について教えてください。

キッツ中山(中):当社は「グリーン」というキーワードを大切にしています。

持続可能な社会に向けて、当社の流体制御技術をどのように活かすのか、それが事業の根底にあります。水素だけでなく、LNGやアンモニアなども含めた脱炭素分野全体におけるエネルギートランジションへの貢献を目指しています。液化水素用バルブの開発が本格化したのは2019年頃です。それまで培ってきたLNG向け超低温バルブ技術をさらに発展させ、マイナス253℃雰囲気で使われるバルブへ挑戦することになりました。

:大きなチャレンジですよね。

:もちろん簡単な挑戦ではありませんでした。ただ、マイナス196℃までの超低温バルブでは実績があり、それまで培ってきた技術やノウハウを活かせる。まったくのゼロから挑むわけではないので、ある程度の勝算はありましたね。だからこそ、「できるかどうか」を悩む前に、「ぜひ、やらせてほしい」という気持ちが強かったです。流体制御技術で社会に貢献するという当社の理念にも一致していましたし、技術者としても大いに挑戦する価値があると感じました。

流体を止める。その当たり前が難しい理由

:水素分野の開発では、安全性や信頼性など、さまざまな観点が必要だと思います。開発設計の立場から大切にされていることを教えてください。

キッツ青木(青):バルブに求められる重要な役割とは、流体を止めること、そして外部に漏らさないことです。今回の液化水素用バルブでも、その基本は変わりませんでした。ただ、液体水素はマイナス253℃という極低温で扱われます。金属も樹脂も冷やされることで収縮するため、常温では問題のない設計が極低温環境では成立しなくなることがあります。

:同じ材料でも、常温とはまったく違う挙動になるんですね。

:そうなんです。解析やシミュレーションで予測はできますが、やはり実際に冷やしてみないと分からないことも多くあります。例えば、設計上は問題ないはずだった隙間が、極低温になることで予想以上に広がることもあります。実際の製品開発では、計算だけでは見えない部分を評価で確かめていく必要があり、液体窒素や液体水素を用いた評価も行いました。液体窒素と液体水素では温度差が約50℃ありますので、その違いによる影響も確認しながら開発を進めていきました。

:マイナス253℃という極低温環境で、バルブとしての性能を維持するために重視したことは何でしょうか。

:バルブという製品は非常にシンプルで、「流体を止める」ことが役割です。ただ、今回は流体が可燃性の高い水素なので絶対に漏らしてはいけません。だから私たちは、極低温環境でも「止める」「漏らさない」という当たり前の要求を確実に実現することにこだわりました。

:当時は設計と評価を並行して進めていました。試験場で評価している最中にも設計変更の相談が入ったりしていましたね(笑)。ただ、極低温環境ではこれまでの情報や実績だけではなく、実際のデータを積み上げることが何より大切なので、一つひとつ検証を重ねながら進めました。その中で、最後まで残った課題がシール材料でした。液体水素を漏らさないことはもちろん、異物発生や材料からのブリードアウトで流体を汚さないことも求められます。

最後まで決まらなかった部品

:シール材料に対する具体的な課題について教えてください。

:一般的なバルブのシール材料には、膨張黒鉛を使うことがあります。シール性が高く扱いやすい材料なのですが、今回は液体水素を汚してしまう可能性がありました。この点はお客様からも強く求められていたため、スターライト工業に相談しました。我々としてはかなり厳しい要求をしていたと思います。それでもスターライト工業のみなさんは、一つひとつ真摯に向き合いながら提案してくださいました。特に印象に残っているのは、スターライト工業が試験設備を自ら製作され、評価してくださったことです。材料を事前に評価し、きちんと裏付けを持って提案いただける。さらに、課題があればスピーディに改良案が出てくる。その姿勢は本当に心強かったですね。

:当初は、試作品をお持ちするたびにキッツでの評価をお願いすることが、ご負担になってしまうのではないかと感じていました。そこで、何とか自社で同じ条件で評価できないかと考え、試験設備を整えました。評価サイクルを短縮しながら開発を前に進めたいという思いがありました。

:本当にレスポンスが早かったですね。当時は設計と評価を並行して進めていたので、シール材料の評価をスターライト工業でも進めていただけて、開発スピードが一気に高まりました。

試験結果が、信頼に変わった日

:評価を進める中で、印象に残っている出来事はありますか。

:今だから言えますけど、最初は疑っていたんです(笑)

本当に同じ条件で評価できるのかな、同じ結果が出るのかな、とか。そこは慎重に見ていました。でも、両社の評価結果に差異がなかったので「この結果なら大丈夫だな」と信頼し、当社での評価をスキップしてスターライト工業の評価結果だけで、そのまま実機に組み込むこともありましたね。

:当時、私は直接開発の最前線にいたわけではありませんが、現場からはシール材料の課題をよく聞いていました。最悪の場合は膨張黒鉛を使うしかないだろう、という話も出ていましたね。しかし、お客様から求められていたことを考えると、できれば別の方法でなんとか解決したいという思いがありました。

 

:かなりギリギリの状況だったのでしょうか。

:そうですね。実は、膨張黒鉛を使った部品の準備も並行して進めていましたし、開発スケジュールを考えても、そろそろ決断しなければならないタイミングでした。そんな時に、「スターライト工業のシール材料で良い結果が出ました!」と報告を受けたんです。その時は本当に安心しました。 

:それだけ重要な部品だったということですね。

:そうなんです。実は、このバルブ製品で最後に決まった部品がシール材料でした。本当に絶妙なタイミングでしたね。振り返ってみても、奇跡に近かったと思います。

一社ではできないからこそ、共創する

:今回の開発を振り返って、改めてスターライト工業との共創について感じたことはありますか。

:私たちはものづくりの会社ですが、単独では何もできません。コストや納期、品質はもちろん大切ですが、今回のような難しい挑戦では、同じ目標を持ち、そこに情熱とアイデアを持って一緒に取り組んでくれるパートナーの存在が何より大切だと感じました。会社としても、人としても、同じ方向を向いて進めることが重要だと思います。

:当社は金属を得意とする会社ですが、バルブのシールには樹脂が使われています。私たちは樹脂そのものをつくっているわけではないので、スターライト工業のようなシールメーカーの力がなければ、流体を確実に止めることはできません。今回、一緒に極低温という難しい環境で評価まで取り組めたことは、本当に心強かったですね。

:今回の液化水素用バルブも、挑戦のひとつにすぎません。これから国内だけでなく海外にも展開していく中で、新しい課題は必ず出てくると思います。そうした時にも、今回のように一緒に課題を乗り越えていけたらと思っています。私たちは「バルブをつくっています」と言っていますが、シール材料がなければ流体を止めることはできません。そこはパートナー企業の力に支えられています。だからこそ、お互いに協力し合いながら、一緒に成長していける関係でありたいですね。

液化水素用バルブを囲む、キッツとスターライトのメンバー