「専門家のためのCAE」から「設計者の相棒になるCAE」へ―東レエンジニアリング Dソリューションズ 山川耕志郎氏が目指す未来 特別対談

「専門家のためのCAE」から「設計者の相棒になるCAE」へ―東レエンジニアリング Dソリューションズ 山川耕志郎氏が目指す未来

ものづくりの前に、設計どおりかコンピューター上で性能や現象をシミュレーションし、確認するCAE(Computer Aided Engineering)。CAEを使いこなすには高度な専門知識や経験が必要ですが、これまでの“専門家のためのCAE”を、“設計者の相棒になるCAE”にしていきたい。そんな未来を目指す山川CAE事業部長に、なぜいま、「使いやすさ」が重要なのか。身近なツールになることで、ものづくりはどう変わるのか。お話を伺いました。

山川 耕志郎

2004年までベアリングメーカーにてCAE業務に従事した後、東レ株式会社へ入社。CAEを活用した樹脂製品開発の技術支援や、CAEの要素技術開発に携わる。2010年から樹脂流動解析ソフトウェア「TIMON」の販売チームと合流し、技術面から販売・営業活動を支援。2026年7月よりCAE事業部長として、営業・技術の両面からCAE事業全体を統括している。

ものづくりの課題を、デジタルの力で解決する

スターライト(ス):東レエンジニアリング Dソリューションズ(以下、TRENGD社)のCAE事業部では、どのような課題を解決しているのでしょうか。

山川氏(山):東レグループでは、1981年に樹脂流動解析ソフトウェア「TIMON」の開発を開始し、現在は私たちTRENGD社がTIMONシリーズを手がけています。TIMONは、東レグループのノウハウを結集した、プラスチック製品の開発・生産の効率化を支援するシミュレーションです。例えば、射出成形では溶かした樹脂を金型に流し込んで成形し、製品にします。そのとき、金型の中でどのように流れ、バランスよく行き渡るのか、冷えて固まった後に製品がどのように収縮・変形するのかといった現象を、コンピューター上で予測します。これが「樹脂流動解析」です。

ス:それぞれ異なる製品形状で起こるトラブルを見える化し、改善した効果を確かめられるわけですね。

山:実際に金型をつくってから問題が見つかり、金型を修正して、もう一度成形して確認するとなると時間と手間がかかります。

設計の早い段階で問題になりそうなところを予測し、あらかじめ対策しておけば、手戻りを減らし、より短期間で品質の高い製品を完成させることができます。ここで誤解してほしくないのは、CAEは設計者に代わって答えを出すものではなく、設計者の判断の裏付けになるものだということです。

実は、私たちのCAE技術も、そうしたものづくりの現場を支えるところから始まっています。ポリアミドなどの樹脂材料を提供する東レには、自社の樹脂をお客様によりよく使っていただくため、CAEを活用して技術提案する部門があります。「この樹脂を使うと製品はどうなるのか」を解析・提案しながら、樹脂材料や実際の成形現象に関する知見をCAE技術に活かしてきたんです。

“解析できる”から、“使いこなせる”へ

ス:山川さんご自身も25年以上CAEに携わっておられますが、求められるコトも変わってきたのでしょうか。

山:大きく変わってきましたね。昔は、CAEで解析できること自体に意味がありました。そして、実際の現象とどこまで一致するのかという“精度”が求められるようになり、解析できる現象や機能も増えてきました。現在は、CAE解析することが当たり前になってきており、かなり普及したと感じています。だからこそ、次に問われるのが“CAEをどう使いこなすか”だと思っています。

ス:技術そのものは進歩し、身近になってきた。一方で、使いこなすことにはまだ難しさがあるのでしょうか。

山:私はCAEを本当の意味で使いこなせている企業は、まだそれほど多くないと感じています。ソフトウェアを導入して解析はしていても、それを設計やものづくりへ十分に生かし切れていないケースが多いのではないかと思っています。

樹脂流動解析では、実際の成形で起きていることを、そのままコンピューター上で再現できるわけではありません。

実際の成形では、樹脂の温度や流れ方、金型に触れたときの冷え方など、さまざまな要因が複雑に影響し合っています。そのすべてを再現することは極めて難しく、より実際の成形に近い結果を得るためには、解析する人が「この製品では、どんな現象が起きそうか」「何が結果に影響しそうか」を考えながら、解析条件を調整していく必要があります。その判断には、実際の成形で何が起きるのかを理解していることや、これまで解析と成形結果を照らし合わせてきた経験が活きてきます。

ス:だから、現在はCAEを専門に扱うエンジニアが解析を担うことが多いのですね。

山:ただ、設計者がCAEを使いたいと思うたびに専門家へ解析を依頼するという方法は、設計の途中で気軽に何度も試すことが難しくなります。設計者自身が「この形状にしたらどうなるか」「ここを変えたら問題は解消できるか」と、設計しながらCAEで確かめられるようにしたい。将来的には、図面をコンピューター上でつくるCADのように、CAEも設計者にとって欠かせないツールにしていきたいですね。

ス:スターライト工業では、主に自動車の外装部品などの大型製品の設計にTIMONを活用しています。

製品設計者はCAE専門のエンジニアに相談しながら解析をしていますが、製品設計の熟練者はCAE担当に解析条件をしっかり指示して工数を減らしています。これは、経験の差がなせることなのですね。山川さんがおっしゃる“設計者が使えるCAE”とは、こうした経験の差をTIMONがサポートし、設計者が“CAEを電卓のように使える”ようになる、ということでしょうか。

山:まさに、そういう使い方をもっと広げていきたいと思っています。

経験が少ない人でも熟練者と同じように解析でき、そして迷わず少ない手数で操作できることが重要だと考えています。

熟練者の“経験”を、誰もが使えるものに

ス:エンジニアの経験の差は、どのように埋めていくのでしょうか。

山:そこでAIの出番です。経験を積んだ技術者が、これまでの解析や成形結果をもとに判断してきた解析条件をAIに学習させ、新しい製品の解析に活かす。そうすることで、経験の少ない人でも適切な解析条件が見つけやすくなると考えています。

CAEに早くから携わってきた第一世代はすでに引退し始めていますし、その次の世代も、今後引退を迎えていきます。次を担う世代との間に人材の空白が生じている企業もある。だからこそ、熟練者が苦労して見つけた解析条件やノウハウを、誰もが使える形で残していくことは、これからますます重要になると思っています。

これまで積み重ねてきた経験はAIを使って効率よく活かし、新しい課題には人が知恵を出すということです。

次の課題を、ユーザーと一緒に考える

ス:ここまで伺っていると、

CAEを進化させていくには、技術を開発する側だけでなく、実際にものづくりをしているユーザーとの関わりも重要だと感じます。

山:その通りです。

私たちだけでは、実際の製造現場でどんな課題が起きているのか、すべてを知ることはできません。だからこそ、お客様が何に困っているのか、これから何をしようとしているのかを理解することが重要だと思っています。私たちが開発した樹脂流動シミュレーションソフト「TIMON」シリーズも、お客様から実際の製品や実験のデータをご提供いただきながら、「なぜこうなるのか」「どうすれば解決できるのか」を一緒に考えることで、できることを増やしてきました。スターライトとは、開発初期からそうした関係を続けています。

ス:25年以上のお付き合いになりますね。今後、スターライトにはどのようなことを期待されていますか。

山:例えば、リサイクル材料というテーマはどうでしょうか。リサイクル材料は、材料ロット間の物性のばらつきが極めて大きい。今後、リサイクル材料の採用は間違いなく増えていくので、ばらつきを考慮したCAE手法、例えば「リサイクル材料の物性がこの範囲なら、製品の品質はスペック内に収まる」という予測ができるかもしれません。

リサイクル材料に限らず、こうした実際のものづくりの中で見えてきた課題を、これからもスターライト工業と共有していきたいと考えています。現在のTIMONでまだ解析できない現象があれば、解決に必要な技術を先回りして一緒に開発していくことで、“これからのものづくり”で生まれる課題に応えていきたいですね。

対談を終えて。山川氏(中央)、スターライト工業のCAE担当エンジニア(右)とともに。