近年、プラスチックの資源循環が重要なテーマとなる中、高い強度や耐熱性を持つ熱硬化性樹脂は、一度硬化すると再び溶かして成形することが難しく、壊れにくく強い一方で、リサイクルは難しいという課題を抱えています。高分子材料のケミカルリサイクル研究に長年取り組んできた福井大学の橋本保 特命教授は、分解可能な構造を取り入れたリサイクルしやすいフェノール樹脂の研究を進めています。
橋本 保
福井大学 工学部 物質・生命化学科 高分子合成化学研究室 特命教授。高分子材料の合成や機能設計を専門とし、分解・リサイクル可能な高分子材料の研究に長年取り組む。ポリウレタンやエポキシ樹脂など、熱硬化性樹脂のケミカルリサイクルに関する研究を進めている。
なぜ、材料に分解の仕組みを入れるのか
スターライト(ス):「材料の中に、あらかじめ分解できる仕組みを入れる」という発想は、どのようなところから生まれたのでしょうか。
橋本特命教授(橋):その発想がどこから生まれたかというより、なぜそのような研究をしているかというお話になりますね。私は以前から、高分子材料を分解して原料に戻し、再び利用するケミカルリサイクルの研究に取り組んできました。
近年では世界中で分解できる高分子材料の研究が盛んになりましたが、その多くは新しく開発された材料が対象です。つまり、まだ社会で使われていない材料なんですね。もちろん、それらの研究も重要です。ただ、私が注目しているのは、フェノール樹脂のようにすでに社会で使われている材料に分解できる仕組みを組み込むことです。その材料特有の性能を維持できれば、その材料は今まで以上に用途が広がる可能性があります。
ス:材料には丈夫さや耐熱性が求められる一方、使用後には分解・リサイクルできることも重要です。この二つを両立させる難しさは、どこにあるのでしょうか。
橋:大きな課題が二つあります。一つは、分解できるようにするために、これまで存在しなかった構造を材料の中に新たに取り入れることです。その構造は後で分解するための仕掛けでもあるので、これまで性能に影響がなかった温度条件や酸などの化学的な影響を受けやすくなる可能性があります。
もう一つはコストです。新たな構造を導入する以上、どうしても工程や手間が増えます。それがコストにも反映します。必要なときに分解できることはもちろん、性能を維持すること、そして実用的なコストであること。このバランスが難しいところですね。
ス:その中で、今回フェノール樹脂に取り組まれた背景を教えてください。
橋:これはもう明快で、スターライト工業から相談をいただいたことがきっかけです。フェノール樹脂が実際にどのような用途で使われているのか、そして使用後の廃棄が課題になっていることをしっかり教えていただきました。
フェノール樹脂を、必要なときに分解するために
ス:今回、フェノール樹脂にアセタール結合を導入されています。なぜアセタール結合に着目されたのでしょうか。
橋:アセタール結合そのものに着目したというより、これまで取り組んできた研究の延長線上にあった、という方が正しいですね。私はこれまで、ポリウレタンやCFRP(カーボン繊維強化プラスチック)に使用されるエポキシ樹脂などにアセタール結合を導入する研究を進めてきました。アセタール結合は酸で分解できるため、ケミカルリサイクルのための仕組みとして活用した実績があります。
ス:その考え方をフェノール樹脂にも応用されたのですね。
橋:ただ、フェノール樹脂なら何でもよいわけではありません。
フェノール樹脂には、酸触媒で作られるノボラック樹脂とアルカリ触媒によるレゾール樹脂の2種類がありますが、アセタール結合を導入するためには、レゾール樹脂が持つメチロール基を利用する必要があります。幸いなことに、スターライト工業で使われていたフェノール樹脂はレゾール樹脂でした。これは、この研究を進めるうえで本当に幸運なことでしたね。
ス:では、その後はスムーズに開発が進んだのですね?
橋:いやいや、フェノール樹脂には難関がたくさんありました。その一つが架橋構造の複雑さです。例えば、ポリウレタンやエポキシ樹脂は、長い分子鎖をつなぐ役割の架橋構造の数が少ない。長い川のところどころに橋が架かっているようなイメージですね。橋を外していくのは簡単ではありませんが、数が少ないのでどこを切ればよいかは比較的考えやすいです。
一方、フェノール樹脂は架橋の密度がきわめて高く、構造としてはジャングルジムのイメージに近いんです。ガチガチに固められたジャングルジムのつながりをバラバラの短い棒に分解するのはとても大変なのです。同じ熱硬化性樹脂でも、フェノール樹脂を分解するのはそれだけ難しいんです。
ス:そんな難敵だと分かっていながら、取り組もうと思われたのはなぜでしょうか。
橋:難しいから挑戦した、というと少し大げさかもしれませんね。実際には、目の前にフェノール樹脂の廃棄という課題があって、スターライト工業から相談をいただいた。そこに取り組む必然性があった、という方が近いと思います。それに、使っていたのがレゾール樹脂だったことも含めて、いろいろな縁が重なって実現した研究だと感じています。
企業の「当たり前」が、研究の新しい気づきになる
ス:スターライト工業と一緒に取り組むことで、得られた知見はありますか。
橋:それはたくさんあります。
例えば「なぜスターライト工業では、ノボラック樹脂ではなくレゾール樹脂を使っているのですか」と伺いました。
ス:スターライト工業の商品であるBAKESは、液状のフェノール樹脂を織物に含浸させてつくったプリプレグを積層して成形しています。そのため、液状で扱えるレゾール樹脂が適しているんです。
橋:まさにこういうことなんです。企業の方にとっては当たり前のことでも、私たちは知らない。材料の構造や反応については研究していても、実際に製品をつくる中で「なぜその材料が選ばれているのか」までは分からないことがあります。今日も一つ勉強になりました。
ス:実際の使われ方を知ることで、研究側にも新しい気付きが生まれるのですね。
橋:こういうことは企業の方と一緒に研究しているからこそ分かることだと思います。
ス:最後に、研究成果がどのように活用されていくことを期待されていますか。
橋:それは私への質問ではないですね(笑)。スターライト工業がうまく活用してください!
研究成果を学会で発表しましたが、一つひとつの反応の起こり方や、その工夫についての専門的な質問が多かった一方で、産業界で実際にどう使えるのかという反響は、残念ながらありませんでした。企業や産業界の聴講者が少なかったのかもしれません。今後は、そうした立場の方からも、ぜひどんどん意見をいただきたいですね。
🔗関連リンク
